この仕事してもう10年以上経つのですが、やればやるほど思うのが、「文章を書くのは難しい」ということです。

なぜ難しいかというと、私が考える最大の原因は「書き手と読み手は別の人だから」。

当たり前すぎる話なのですが、どういうことか少し詳しく説明しますね。

同じ言葉を聞いても、同じものをイメージするとは限らない

たとえば、「散歩していると、犬に吠えかけられた」と聞いた時、あなたはどんな状況を想像しますか?

あなたが散歩しているのはどこでしょうか。近所の住宅街でしょうか、それとも郊外の自然豊かな散歩道でしょうか。子供が多い公園の近くでしょうか、歴史的な建物が立ち並ぶ、観光客に人気のスポットでしょうか。

犬はどんな犬でしょうか。大型犬でしょうか、小型犬でしょうか。犬は飼い主との散歩の途中でしょうか、それともどこかの家から、塀越しに吠えたのでしょうか。ひょっとしたら、通りがかった車の中にいた犬でしょうか。

このように、同じ文章を聞いても、イメージするものは違います。このイメージをなるべく近いものにすることが、文章を書く上で最も重要なことのひとつ。世間にはさまざまな文章テクニックがありますが、ほぼすべての文章テクニックはつまるところ「イメージを共有し、伝える」ために存在しているものです。

重要なポイントに絞って伝えようとしても……

とはいえ、このテクニックをいくら駆使したところで、完全にイメージを伝えるということはほぼ不可能に近いといっていいでしょう。細かなところで、イメージの違いが生じるのはしょうがないことです。そこは割り切って、書き手はだいたい「重要なところだけ共有できていればいい」と思って文章を書きます。

ところが、ここでまた問題がひとつ発生します。書き手の考える「重要なところ」と読み手が考える「重要なところ」がズレる場合があるのです。書き手が「ここ注目して!」と書いた話も、読み手からすると「そんな話よりこっちの話詳しく聞きたいんだけど」となるケースは珍しくありません。あるいは、書き手が「ここは重要ではないから飛ばしてしまおう」とした話に、読み手が「この話飛ばされると、何がなんだかわからないんだけど」となることだってあるのです。

このような、書き手と読み手が別人であることから生まれるさまざまな問題があるからこそ、文章は難しいわけですね。

じゃあ、どうすればいいの?

この問題を完全に解決するのはまず不可能です。しかし、不可能だからといって諦めるわけにもいきません。そこで、書き手は知恵を絞って「何をどう書けば、書き手と読み手のイメージするものが近くなるか」を考えるわけです。100%伝えるのが難しくても、50%、60%、70%、あるいはそれ以上伝えることは努力でなんとかできるわけですから。

おそらく、ライターをはじめとする「文章を書く人」は、こういう努力を苦に思わない、むしろ楽しいとすら思う人なのでしょうね。もちろん、私もその一人です。